磐椅神社(いわはしじんじゃ)

福島県猪苗代町にある磐椅(いわはし)神社は、会津藩祖 保科正之が信仰した延喜式内勅祀社正一位、会津総産土神の社。会津五桜の一つ「大鹿桜」、鳥居杉に根付く「えんむすび桜」、霊水「宝の水」などがあります。


〒969-3102 福島県耶麻郡猪苗代町字西峰6199 TEL・FAX0242-62-4109 宮司 伊東政則
周辺案内
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会津藩祖 保科正之公の墓所(土津神社奥の院)


 会津藩初代藩主の保科正之公は1672(寛文12)年12月18日に江戸で62歳で亡くなられた。生前、「我死せば磐椅神社の末社となりて永く奉仕せん」と自らの埋葬地を猪苗代湖が一望できる磐梯山麓と決めていたので、二代藩主正経が遺言通りお墓を造営しました。(猪苗代町教育委員会の案内板から引用)
 土津神社から北に向かって参道を歩くと奥の院に行けます。車で奥の院近くまで行くことができます。


会津藩家老 田中正玄の墓


 保科正之公に高遠藩から仕えていた重臣。正之公が四代将軍徳川家綱の補佐として長年、江戸にいたために、藩主が留守の会津藩の執政を預かり大きな功績を挙げた。寛文12年5月28日に没した。62歳。正行公がこの年8月21日に磐椅神社を参拝し、正玄の墓に立ち寄った際、「正玄、ここにあるか我も近くに参るぞ」と呼びかけ、一同が涙を流したという。(墓所案内板から引用)
 幕末に松平容保の家老として活躍した田中土佐は正玄の子孫。土津神社から磐椅神社に向かい土田堰沿いを歩いてくると、右手に案内の柱があり、そこから少し下ると墓地がある。


土田堰用水路


 磐椅神社の前を流れる川は土田堰。裏磐梯から流れる長瀬川から、長坂地区の上流から取水し、端まで約12キロの水路。現在は猪苗代町内の約1/3の980ヘクタールの水田を潤している。初めは土津神社神領の水田開墾の用水として、1674年に開削された。(猪苗代町土地改良区の案内板から引用)